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18年という短命に終わった『幻の本庄鉄道』

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江戸時代には中山道一の宿場町として栄え、

明治時代には首都移転の候補地にもなった本庄で、

地元民の要望もあり、

大正4年に早くも路面電車(チンチン電車)が

本庄-児玉間で開通。

 

本庄のチンチン電車

 

(七軒町駅跡地)

 

旧本庄駅

 

待ちに待った『本庄-児玉』間を結ぶ本庄鉄道。

開通当時は常時満車状態だったとか・・・。

当時、陸の孤島と言われていた小島民からは

特に歓迎されて、町民の足として大いに

繁盛した(『児玉町史』)

 

昭和に入ると、日本鉄道(後の「国鉄」)による

八王子から高崎(八高線)に通じる鉄道の建設が始まり、

また、バスの発達も相まって、

電車利用者の分散も始まってしまった。

 

これに打つ手なしと、昭和8年、ついに本庄鉄道の

歴史に幕を下ろすことになったのです。

 

人口の少ない児玉村をターゲットにしていたこと、

八高線の開通駅が、本庄線児玉駅から離れていたことも

影響があったと思われる。

 

ぷーさん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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